「終生飼養」という言葉だけでは、不幸な猫は減らないのかもしれない|5猫と暮らして感じたこと

「終生飼養」という言葉だけでは、不幸な猫は減らないのかもしれない|5猫と暮らして感じたこと 私と猫の日常
「終生飼養」という言葉だけでは、不幸な猫は減らないのかもしれない|5猫と暮らして感じたこと

「終生飼養」という言葉だけでは、不幸な猫は減らないのかもしれない|5猫と暮らして感じたこと

先日、ReHacQ(リハック)の動画を見ました。

日本における、犬や猫の生体販売について、みのわさん、ひろゆきさん、坂上忍さんが話をしている内容でした。

正直、見ながら何度も考え込んでしまいました。

「終生飼養」

猫や犬と暮らしている人なら、一度は聞いたことがある言葉だと思います。

最期まで責任を持って飼う。

もちろん、それは大切なことです。

でも、動画を見ながら、そして今までの自分の経験を思い返しながら、改めて感じたことがありました。

“終生飼養”という言葉だけでは、不幸になっている猫は減らないのではないか。

今回は、そんなことを、5猫と暮らしている一人として書いてみようと思います。


私と猫との生活は、「クロ」を保護したところから始まった

今、我が家には5猫がいます。

黒猫のクロ、ハチワレのさんた、サバシロのチビとたかんぼ、そしてシャム猫のみゃあ。

でも、そもそも私が猫と暮らすようになったきっかけは、黒猫のクロでした。

道端に生まれ落ちていたクロを保護したことが、全ての始まりです。

当時は、猫を飼う知識も、経験も、ほとんどありませんでした。

ただ、「このままでは危ない」と思った。

それだけだった気がします。

もちろん、可愛いという感情もありました。

でも、それ以上に、「放っておけなかった」が近いかもしれません。

そこから、私の生活は大きく変わりました。

猫中心の生活になり、時間の使い方も変わり、お金の使い方も変わりました。

気軽に旅行へ行くことも減りました。

病院代に驚くこともありました。

夜中に何度も様子を見る日もありました。

猫と暮らすというのは、“可愛い”だけでは続かない。

それを、実際に暮らしてみて、何度も感じてきました。


「保護したら幸せ」では終わらない現実

世の中には、保護猫活動をされている方がたくさんいます。

本当に頭が下がります。

でも、現実は綺麗ごとだけではありません。

保護した後にも、お金が必要です。

時間も必要です。

部屋も必要です。

体力も必要です。

そして、精神的な負担もあります。

相性問題もあります。

我が家でも、5猫が全員仲良し、というわけではありません。

特に、みゃあを迎えた時は、本当に大変でした。

迎えてから数年経った今でも、さんたとみゃあは距離があります。

「保護したら終わり」ではなく、そこから先の生活のほうが長い。

そして、その現実は、実際に暮らしてみないと分からない部分も多いと思います。

だからこそ、単純に「責任を持って飼いましょう」という言葉だけでは、解決しない問題があると感じています。


終生飼養は“正しい”。でも、それだけでは足りない

終生飼養という考え方自体を、否定したいわけではありません。

むしろ、当然必要な考え方だと思っています。

でも、その言葉だけを強く掲げても、不幸になる猫が減っている実感は、正直ありません。

今も野良猫はいます。

捨て猫もいます。

多頭飼育崩壊もあります。

保健所へ連れて行かれる命もあります。

そして、SNSでは、毎日のように保護依頼や里親募集が流れてきます。

“最後まで責任を持って”という理想は正しい。

でも、その理想を実行できる人ばかりではない。

そこに、現実とのズレがあるように感じています。

例えば、経済的な問題。

突然の病気。

高齢化。

生活環境の変化。

人間側のメンタル問題。

「最期まで責任を持つ」という言葉は簡単でも、それを何十年も継続することは、実際にはとても重いことです。


“飼う前の覚悟”だけで解決する話ではない

よく、「飼う前によく考えるべき」という言葉があります。

それも間違ってはいないと思います。

でも、人間は未来を完璧には予測できません。

10年後の自分を、完全に想像できる人なんて、ほとんどいないと思います。

だからこそ、単純に“飼い主の責任”だけに全てを背負わせる考え方にも、限界があるように感じます。

もちろん、無責任に飼って良いという話ではありません。

ただ、理想論だけでは現実は変わらない。

それを、猫と暮らしていると痛感します。

実際、保護活動をしている方ほど、精神的にも経済的にも追い込まれているケースがあります。

「助けたい」という気持ちだけでは、どうにもならない現実がある。

そこに、社会全体としての仕組みの弱さも感じています。


生体販売だけを悪者にしても、何かが変わる気はしなかった

今回の動画では、生体販売についても色々な意見が出ていました。

もちろん、考えさせられる部分は多かったです。

ただ、個人的には、「生体販売を無くせば全て解決する」という単純な話でもないように感じました。

現実には、保護猫だけではなく、野良猫問題もあります。

無責任な繁殖もあります。

飼育放棄もあります。

そして、“可愛いから飼う”という感情だけで始まるケースもあります。

結局、不幸になる猫を減らすには、ひとつだけを悪として叩くよりも、もっと根本的な部分を考えないといけないのかもしれません。

ただ、その“根本”が何なのか、私自身もまだ答えは出ていません。

だからこそ、簡単に正義側の言葉だけを言いたくない、という気持ちがあります。


猫と暮らすことは、綺麗ごとだけでは続かない

猫との生活は、本当に幸せです。

疲れて帰宅した時、出迎えてくれるだけで救われる日があります。

眠っている姿を見るだけで、気持ちが落ち着く日もあります。

何気ない毎日が、猫によって変わる。

それは、実際に暮らしている人なら分かる感覚だと思います。

でも同時に、大変なこともあります。

病院代。

体調管理。

トイレ掃除。

相性問題。

老い。

看病。

別れ。

可愛いだけでは続けられない現実が、必ずあります。

だからこそ、「猫を飼うべき」「飼わないべき」という極端な話ではなく、もっと現実ベースで語られるべき問題だと思っています。


それでも、私は猫と暮らし続ける

ここまで色々書いてきましたが、私は猫との生活を後悔したことはありません。

むしろ、クロを保護したあの日から、自分の人生は大きく変わりました。

5猫それぞれに性格があり、距離感があり、甘え方があり、日常があります。

毎日が綺麗な話ではないです。

でも、それでも、一緒に暮らしてきて良かったと思っています。

だからこそ、今回の動画を見て、「終生飼養」という綺麗な言葉だけでは片付けられない現実を、改めて考えさせられました。

理想は大切です。

でも、理想だけでは救えない命もある。

そして、その現実を見ないまま、「責任を持て」の一言だけで終わらせてしまうのは、少し違う気がしています。

正直、私にも答えは分かりません。

ただ、猫と暮らしてきた一人として、今感じていることを書き残しておきたかった。

今回は、そんな記事でした。

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