ふと思いました。
もし、我が家に五猫がいなかったら。
私は今、何をしていたのだろう。
クロと出会わなかった。
チビと出会わなかった。
さんたと出会わなかった。
たかんぼと出会わなかった。
みゃあと出会わなかった。
そんな人生を想像してみたのですが、正直、何をしていたのか思いつきません。
ただ一つ想像できるのは、今とはまったく違う毎日を送っていたのではないか、ということです。
私は五猫を保護して、一緒に暮らしてきました。
でも今になって思います。
五猫を救ったのは私ではなく、五猫によって私の方が救われたのかもしれない。
今回は、五猫と出会ったことで私の生活、そして私自身がどう変わったのかを書いてみたいと思います。
五猫がいなければ、仕事をして寝るだけの毎日だったかもしれない
当時の私は仕事が激務で、毎晩帰宅する時間も遅く、家に帰れば何かをする気力も残っていなかったと思います。
仕事へ行く。
働く。
遅い時間に帰宅する。
寝る。
そして、また仕事へ行く。
もしかすると、そんな毎日を繰り返していただけなのかもしれません。
もちろん、五猫と出会っていなかった人生を実際に経験することはできません。
それなりに楽しいこともあったでしょうし、それなりに笑うこともあったと思います。
それでも、今の自分から当時を振り返ると、仕事を中心に一日が過ぎていく生活になっていたような気がします。
猫と暮らして「やること」は間違いなく増えた
五猫と暮らすようになって、私の生活にはたくさんのことが増えました。
- 猫達のご飯
- トイレの掃除
- 病院
- 猫用品を選ぶ時間
- 写真を撮ること
- 動画を撮ること
- ただ猫達を眺めている時間
時間だけを考えれば、猫と暮らす前より、やることは間違いなく増えています。
五猫ですから、一猫だけと暮らす場合より必要なことも多いでしょう。
でも不思議なもので、それを「面倒なことが増えた」と感じたことはありません。
むしろ、五猫との暮らしによって変わったのは生活だけではありませんでした。
私自身も変わったと思っています。
五猫と暮らして、以前より人に寛容になれたと思う
自分自身の変化として感じていることの一つが、他人に対して以前より寛容になれたことです。
五猫は、人間の言葉を100%理解できるわけではありません。
私が何かを話しかけても、
「分かった」
と言葉で返事をしてくれるわけでもありません。
それでも五猫を見ていると、私が何を思っているのか、何を伝えようとしているのかを、一生懸命理解しようとしてくれているように感じることがあります。
言葉が通じなくても。
明確な返事がなくても。
五猫は私に寄り添ってくれる。
そんな猫達と長年暮らしているうちに、私は人間同士のコミュニケーションについても考えるようになりました。
「理解してくれない」ではなく、伝え方を変えてみる
相手が自分の言っていることを理解してくれない。
自分も相手の言っていることを理解できない。
以前の私なら、そんな場面で苛立ってしまうこともありました。
でも今は、
「伝え方を変えてみよう」
と思えることが増えました。
言葉を使えない五猫が、それでも私のことを理解しようとしてくれているように感じる。
それなら同じ人間同士なら、こちらの伝え方を変えることで、もう少し分かり合えるのではないか。
そう考えるようになりました。
これは、五猫から教えてもらったことの一つなのかもしれません。
五猫がいなければ、このブログも存在していなかった
五猫との出会いによって生まれたものが、もう一つあります。
このブログです。
2020年、新型コロナウイルスが蔓延し始め、それまで当たり前だと思っていた日常が、決して当たり前ではないことを強く感じました。
そのときに思ったのです。
今、目の前にいる五猫との暮らしも、ずっと続くわけではない。
だったら、未来の自分のために何かに残しておきたい。
それが、五猫との生活をブログに残すようになった理由の一つです。
それから私は、毎日、五猫との生活を書き続けてきました。
ブログには文章と写真、YouTubeには動いている五猫を残す
今では、YouTubeにも五猫の動画を残しています。
もちろん、たくさんの人に五猫を見てもらえたら嬉しいです。
でも、それだけが動画を残している理由ではありません。
むしろ私には、
「未来の自分のために残しておきたい」
という気持ちがあります。
過去に、スマートフォンに保存していたデータが一瞬で消えてしまった経験があります。
そこにしか保存していなければ、それで終わりです。
だから、撮り貯めた五猫の動画をYouTubeにも残しておく。
ブログには、文章と写真を残す。
YouTubeには、動いている五猫を残す。
そうやって、未来の自分がいつでも五猫に会える場所を少しずつ作っています。
何でもなかった毎日に、五猫が色をつけてくれた
今回、
「もし五猫が我が家にいなかったら?」
と改めて考えてみて、一つの答えが出ました。
きっと私は普通に仕事をして、普通に生活していたと思います。
それなりに楽しいこともあったでしょう。
それなりに笑うこともあったでしょう。
でも、今の私から振り返って想像すると、
五猫がいない日々は、おそらくモノクロの世界だったのではないか。
そんな気がします。
クロ。
チビ。
さんた。
たかんぼ。
みゃあ。
五猫が私の人生に入ってきたことで、何でもなかった毎日に色がつきました。
ご飯を食べているだけで嬉しい。
寝ている姿を見ているだけで癒やされる。
名前を呼んで振り向いただけで笑ってしまう。
仕事から帰れば猫がいる。
朝になれば猫がいる。
休日も猫がいる。
何か特別な出来事がなくても、五猫がいるだけで一日が違って見えるようになりました。
五猫を救ったのではなく、五猫によって私が救われた
私は五猫を保護して、一緒に暮らしてきました。
人間側から見れば、行き場のなかった猫を「助けた」と表現することもできるのかもしれません。
でも、長い年月を五猫と一緒に過ごしてきた今は、少し違うように感じています。
五猫を救ったのは私ではなく、五猫によって私の方が救われた。
仕事をして、帰って、寝て、また仕事へ行く。
そんな生活になっていたかもしれない私の日常に、五猫はたくさんのものを増やしてくれました。
やることも増えました。
心配することも増えました。
悲しいことも経験しました。
それでも、それ以上にたくさんの時間と記憶を五猫からもらいました。
五猫を我が家へ迎えた責任について、私は以前の記事でも書いています。
五猫がいる今の世界を、これからも残していきたい
もし五猫と出会っていなかったら、今の私は何をしていたのだろう。
その答えは、今でも分かりません。
存在しなかった人生と比べることはできないからです。
でも、一つだけ分かります。
今、私が見ている世界に色をつけてくれたのは、間違いなく五猫です。
だから私は、これからも五猫との何でもない一日を残していきたいと思っています。
特別な出来事がなくてもいい。
ご飯を食べている姿。
眠っている姿。
甘えている姿。
名前を呼んだら振り向いた姿。
そんな毎日の積み重ねを、文章や写真、動画として残していく。
いつか未来の自分が振り返ったとき、そこにはきっと、今と同じように色のついた五猫との世界が残っていると思います。
クロ、チビ、さんた、たかんぼ、みゃあ。
私の人生に色をつけてくれて、ありがとう。


