2022年5月31日、我が家は四猫から五猫になりました。
縁あって迎え入れることになったのは、我が家では初めてとなる娘猫。
みゃあです。
でも、みゃあとの出会いは、2022年から始まったわけではありません。
その始まりは、今から9年前、2013年の春までさかのぼります。
保健所で出会った、小さな子猫
当時、義母は長年勤めた仕事を定年退職し、一人暮らしをしていました。
もともとエネルギーの塊のような人で、何か新しい生きがいを探していたそうです。
そして、ふと思い立ったのが、
「保健所から猫を引き取ろう」
ということでした。
地元の保健所へ行くと、そこには、あと数日という状況の猫たちが15猫ほどいたそうです。
その中で、一番激しくアピールしていた子猫がいました。
まだ生後3週間ほど。
小さな身体で網によじ登り、必死に鳴いていたそうです。
「まだ生きたい!」
そんな声が聞こえてくるようだったと、義母は話してくれました。
その子猫が、みゃあです。
「みゃあ」という名前の由来
名前の由来は、とてもシンプルです。
義母が保健所で見た時、その子は一生懸命、
「みゃあ、みゃあ」
と鳴いていたそうです。
だから、そのまま、みゃあ。
そして義母は、みゃあと一緒にいた姉妹猫「みゅう」も迎え入れました。
生きたいと叫んだみゃあと、静かにうずくまっていたみゅう。
二猫は、その日から義母の家族になりました。
9年間、義母と一緒に暮らしたみゃあ
みゃあは、その後9年間、義母と一緒に暮らしました。
しかし、時間の流れは時として残酷です。
2022年。
義母が腰椎圧迫骨折を患いました。
二猫で始まる運動会。
足元を走り回る猫たち。
それを避けることさえ、大きな負担になっていきました。
そして、義母から、みゃあを引き取ってもらえないかという相談を受けました。
もちろん、寂しくないはずがありません。
それでも、みゃあのことを一番に考えて出した決断でした。
こうして、我が家は五猫になりました
2022年5月31日。
妻が一人で、みゃあを連れて帰ってきました。
途中、車の中では大泣き。
特急電車では、キャリーに布をかけ、デッキに立ちっぱなしで帰ってきたそうです。
ようやく自宅へ到着。
我が家は、四猫から五猫になりました。
以下動画は、我が家にきた当日のものです。
先住猫たちの反応
クロは、ほぼ無関心でした。
威嚇することもなく、いつも通り。
さすが長ニャン坊です。
一番興味津々だったのは、チビでした。
とにかく、みゃあのところへ行っては、ちょっかいを出していました。
さんたは、その頃はまだあまり前へ出てきませんでした。
しかし、チビが旅立ってからは、みゃあを追いかけ回すようになります。
そして、たかんぼ。
元々、義母の家で何年も一緒に暮らしていたはずなのですが……。
最初は、なかなか思い出してもらえなかったようで、しばらく威嚇されていました。
それでも、少しずつ、少しずつ。
みゃあは我が家の一員になっていきました。
生きたいと叫んだ小さな命
もし、2013年の春。
保健所で、あの日、網によじ登っていなかったら。
もし、義母が保健所へ行っていなかったら。
もし、2022年に我が家へ来ていなかったら。
私は、今の、みゃあの姿を見ることはできませんでした。
猫との出会いは、本当に不思議です。
生後3週間ほどの小さな身体で、
「まだ生きたい」
と叫んでいた子猫は、今では毎日、玄関で私の帰りを待ってくれる、大切な家族になりました。
これからも、五猫みんなとの時間を、大切に過ごしていきたいと思います。
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